もくじ
日本画の流派 琳派(りんぱ)とは?
こんにちは、日本画家の酢田こいちです。
今回は、日本画の流派
「琳派(りんぱ)」について解説していきます。
皆さんは日本画の流派ときいてどんなものを想像するでしょうか?
なんだか堅い、真面目そうなイメージもあるかもしれませんが
琳派(りんぱ)は、主に江戸時代の日本画の流行を担った流派です。
当時多くの人々が魅了された琳派の作品たちは
実は、現代の私たちの身近なところにも存在します。
この記事では、琳派の特徴や代表的なアーティストをわかりやすく解説していきますので、
ぜひ読んでみてくださいね。
琳派とは?
琳派は、安土桃山時代後期に
本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)俵屋宗達(たわらやそうたつ)からはじまった流派です。
この時代は諸外国との接触が多かっため様々な文化、情報が日本に入ってきた事で
日本の美術も向上していきました。そんな中で生まれたのが琳派です。
「風神雷神図屏風」は見たことがある方いらっしゃるのではないでしょうか?
また、
琳派の時代年表
琳派のはじまった時代は安土桃山時代、また大きく広まり流行ったのは江戸時代です。
時代 | 時代を代表する画家 | |
琳派の始まり | 安土桃山時代〜江戸時代前期1643年(寛永18年)ごろまで | ・本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)
・俵屋宗達(たわらやそうたつ) |
江戸に広まり
流行した |
江戸時代中期1745年(延享2年)ごろまで | ・尾形光琳(おがた こうりん)
・尾形乾山(おがた けんざん) |
琳派の定着 | 江戸時代後期1761年から
1800年代 |
・酒井抱一(さかい ほういつ)
・鈴木其ー(すずき きいつ) |
琳派の特徴と技法
琳派の特徴は技法と、構図にあります。
「たらしこみ」
たらしこみとは、
一度うすい色を下塗りで画面を濡らし、その上に乾かないうちにさらに色を重ねることで
乾いた時ににじみや色の濃淡を出す技法です。
「金箔、銀箔の背景への使用」
金箔、銀箔を背景の全面に使用する、というところも特徴といえます。
背景に金箔、もしくは銀箔を置くことでよりメインのモチーフが際立っている作品が多いです。
画面構成の大胆さ
琳派の画面構成は、
現代人の心をもつかむデフォルメ、トリミングなど馴染み深い構図に溢れています。
全体的な印象は、西洋的な遠近感は感じず非常に平面的な構成をしています。
いわゆる「絵画」よりも、平面デザインに寄っていると言えるような構図は
人が見て直感的に良いと感じる配置となっています。
琳派の絵師に血筋は関係ない?
琳派の絵師は、一族ごとの流派ではありません。
琳派は、今日にも語り継がれ多くの展覧会が開かれる有名な流派ではありますが、
血筋で継承していく形ではないのです。
また、琳派には弟子というものが存在しません。
継承する血筋の人間や、学んでいく弟子がいなければ、流派としてはつづきません。
では、どんなふうに学んでいたかというと「私淑」(シシュク)です。
私淑の辞書の意味は以下です。
直接の教えは受けないが、ひそかにその人を先生だと考えて尊敬し、
模範として学ぶこと。
出典 故事成語を知る辞典故事成語を知る辞典について
つまり、直接特定の人物に師事をあおぐのではなく
絵師自らが個人的に慕う絵師を手本として
誰でも、どんな家柄や血筋の人間でも琳派を学び広めていけるシステムです。
つまり、直接師に会えずとも学べるので
極端に言えばどの時代の人間でも私たち現代人でも琳派の画家になることができるのです。
琳派は、様々な画家達が先人の絵師たちの作品を模倣しながら
進化し絵師ひとりひとりがその技術を独自に高めていきました。
本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)
俵屋宗達と共に琳派の始まりを担い京都で活躍した絵師です。
刀剣の研磨、鑑定をする本阿弥家に生を受け
平面作品だけでなく
書、陶芸、螺鈿細工(らでんさいく)を制作しており
その他漆芸、能楽、茶の湯などにも携わり功績を残していることから
非常に多彩だったことが伺えます。
代表作は
「国宝:船橋蒔絵硯箱(ふなばしまきえすずりばこ)」
I, Sailko, CC 表示-継承 3.0, リンクによる 出典元:https://ja.wikipedia.org/wiki/本阿弥光悦
「重要文化財:黒楽茶碗 銘 雨雲 光悦七種」
「書:鶴下絵三十六歌仙和歌巻(光悦書、宗達下絵の共同作品)」等その他多くの作品があります。
俵屋宗達(たわらやそうたつ)
本阿弥光悦と琳派の始まりを担った京都で活躍した絵師です。
背景全体に金箔を用いた装飾性の高い作品が有名です。
代表作は
「国宝:風神雷神図屏風」
出典:Wikipedia
<a href=”//commons.wikimedia.org/wiki/%E4%BF%B5%E5%B1%8B%E5%AE%97%E9%81%94″ class=”mw-redirect” title=”俵屋宗達”>俵屋宗達</a> (Tawaraya Sotatsu) (1570-1643) – From Ninna-ji temple, Kyoto. Japan Times <a rel=”nofollow” class=”external free” href=”https://www.japantimes.co.jp/culture/2015/11/03/arts/kyotos-rinpa-school-moving-many-ways/”>https://www.japantimes.co.jp/culture/2015/11/03/arts/kyotos-rinpa-school-moving-many-ways/</a>, パブリック・ドメイン, リンクによる
その他「重要文化財:蔦の細道図屛風」などがあります。
尾形光琳(おがた こうりん)
江戸時代中期に琳派を広めた人物のうちの一人です。
京都呉服商「雁金屋(かりがねや)」の次男として生まれ幅広い文化芸能に親しみました。
彼の作品は大和絵(やまとえ)を基礎とした表現の作品が多く見られます。
代表作は、「竹虎図」「燕子花図(かきつばたず)」「八橋図屏風(やつはしずびょうぶ)」等です。
「八橋図屏風(やつはしずびょうぶ)」出典:THE MET
尾形乾山(おがた けんざん)
尾形光琳の弟で、京都呉服商「雁金屋(かりがねや)」の三男として生まれました。
彼もまた、尾形光琳とともに江戸時代中期に琳派を広めた人物といえます。
彼は平面作品を制作していましたが、陶芸作品も制作しており
特に陶芸作品は、現代にも通用するデザインのものも多くあります。
尾形乾山工房作「色絵椿文輪花向付」 出典:THE MET
酒井抱一(さかい ほういつ)
尾形光琳に私淑した絵師です。
俳諧や書画に触れていて、自筆句稿も残しています。
彼の作品は俳句の世界観を取り入れた作風で、
優雅で落ち着いた美の表現を見ることができます。
琳派の中でも江戸琳派とも称されます。
俵屋宗達、尾形光琳も描いた「風神雷神図屏風」の制作は
酒井抱一も挑戦していて、代表作の一つといえます。
桜楓図屏風 出典:THE MET
鈴木其ー(すずき きいつ)
江戸後期に、酒井抱一の弟子として琳派を継承した絵師です。
琳派は基本的に私淑のスタイルで続いていますが、
鈴木其一は酒井抱一から直接学んでいます。
以下は、尾形光琳の「燕子花図」に似た作品で
鈴木其一の代表作の一つ「朝顔図屏風」です。
まとめ
日本画の流派の「琳派」についてご紹介してきました。
安土桃山時代から私淑という形で、
血筋も地位も関係なく学ばれ
絵師たちが各々の個性を磨き、継承されてきた琳派。
絵師のほとんどが平面作品だけでなく
陶芸作品や蒔絵など幅広く制作していました。
今回紹介した絵師達それぞれをもっと深掘りしても面白いかもしれません。
参考サイト: https://ja.wikipedia.org/wiki/俵屋宗達
参考書籍:時空旅人別冊 桃山美術ー天下人が愛でた美の世界ー
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